
保育現場では毎日、小さなリスクが無数に潜んでいます。「ヒヤリとしたけど何もなかった」で終わらせず、事前に危険を察知する力を職員全員が身につけることが事故防止の第一歩です。
本記事では、危険予知トレーニング(KYT)の基本的な進め方から、保育現場ですぐに使える例題・シナリオまでを、研修担当者や施設責任者向けにわかりやすくまとめました。
目次
危険予知トレーニング(KYT)とは

KYTは保育現場のリスクマネジメントを支える、実践的な安全教育の手法です。まずは基本的な概念と、現場での位置づけを整理しておきましょう。
参考:職場のあんぜんサイト:危険予知訓練(KYT)|厚生労働省
KYTの意味と保育現場での位置づけ
KYTとは「危険(K)・予知(Y)・トレーニング(T)」の頭文字をとった安全教育の手法で、作業や場面に潜む危険を事前に洗い出し、対策を考える訓練です。
もともとは製造業や建設業で普及しましたが、近年は保育現場でも事故防止の取り組みとして広く活用されています。子どもの命を預かる保育士にとって、日常の場面に潜むリスクを意識的に見つける習慣は、安全な保育環境づくりの基盤となります。
ヒヤリハット報告との違いと補完関係
ヒヤリハット報告は「実際にヒヤリとした出来事」を事後に記録するものですが、KYTは「まだ起きていない危険」を事前に想定するアプローチです。両者は目的が異なりますが、互いを補い合う関係にあります。
ヒヤリハットで蓄積された事例をKYTの題材として活用することで、現実に即した危険予測が可能になります。「記録する文化」と「予測する文化」を組み合わせることで、保育現場の安全管理はより重層的になります。
定期的に実施することで得られる効果
KYTを継続的に行うことで、職員一人ひとりの危険感受性が徐々に高まります。「この場面では何が起きうるか」という視点が日常の保育行動に自然と組み込まれるようになり、事故の未然防止につながります。
また、チームで話し合う機会を繰り返すことで、職員間のコミュニケーションが活性化し、気づきを共有しやすい職場風土が育まれます。安全に関する共通言語を持てることも、現場全体の連携強化に役立ちます。
保育現場でKYTが重要視される理由

現代の保育現場では、安全への配慮は日々の工夫だけでなく、園全体で取り組むべき大切なテーマになっています。
保育事故リスクの現状と園の責任
近年、保育施設での事故は社会的にも注目されており、一度発生すると園の信頼に大きく影響します。場合によっては、法的責任や損害賠償につながることもあります。
特に午睡中の事故や誤食、転落などは、「防げた可能性がある」と判断されるケースも少なくありません。
園長や施設長には、職員が安心して保育できる環境を整える責任があります。現場の努力だけに任せるのではなく、KYTの時間を定期的に設けたり、職員同士で気づきを共有しやすい雰囲気をつくったりと、園全体で安全に向き合う姿勢が大切です。
ヒヤリハットを“組織の学び”に変える方法
個々の職員が「危ないかも」と感じているだけでは、園全体の安全性は高まりにくいものです。KYTの時間を設けることで、こうした気づきをみんなで共有し、次に活かすことができます。
一人のミスを責めるのではなく、「なぜそう感じたのか」「どうすれば防げるか」を話し合うことで、ヒヤリハットは単なる報告ではなく、園を守るための大切な学びへと変わっていきます。
KYT導入による園のメリット・デメリット
メリットは、事故率の低下、職員の専門性向上、保護者への信頼アピールです。「定期的にKYTを行っている」という取り組みは、保護者にとっても安心材料になります。
一方で、時間を確保する必要がある点は負担に感じるかもしれません。ただ、事故が起きた際の対応(謝罪や調査など)を考えると、日頃からの取り組みは結果的に大きな負担軽減につながるといえるでしょう。
KYTの基本的な進め方(4ラウンド法)

KYTには「4ラウンド法」と呼ばれる標準的な進め方があります。各ステップの目的を理解することで、研修をより効果的に運営できます。
第1ラウンド:どんな危険があるか洗い出す
最初のラウンドでは、提示されたイラストや写真・場面説明をもとに、「どんな危険が潜んでいるか」を参加者全員で自由に出し合います。
この段階では批判や評価をせず、思いついたことをどんどん挙げることが大切です。「〜して、〜になる」という形式で具体的に言語化するよう促すと、危険の実態が明確になります。多様な視点が出るほど、気づきの幅が広がります。
第2ラウンド:特に危険なポイントを決める
第1ラウンドで挙がった危険の中から、「最も重大・発生しやすい」と思われるものに絞り込むのが第2ラウンドです。
全員で話し合いながら優先度の高い危険を1〜2点に集約し、重点危険ポイントとして共有します。「重篤な事故につながる可能性があるか」「発生頻度が高そうか」の2軸で考えると絞り込みやすくなります。
第3ラウンド:対策を考える
絞り込んだ危険ポイントに対して、具体的にどう対処するかをグループで考えるのが第3ラウンドです。「〜する」という行動レベルの対策を複数出し合い、実行可能なものを選びます。
「環境を整える」「声かけのタイミングを変える」「役割分担を決める」など、保育の実態に即した対策が望まれます。現実から乖離した理想論ではなく、明日から実践できる具体策を目指しましょう。
第4ラウンド:行動目標を決める
最後のラウンドでは、第3ラウンドの対策をもとに「チームとして取り組む行動目標」を一文で決めます。たとえば「プール活動中は必ず2名体制で監視し、目を離さない」のように、短く明確な表現にまとめることがポイントです。
決めた目標は掲示したり申し送りで共有したりして、現場に落とし込む工夫をしましょう。研修で終わらせず、実際の保育行動につなげることがKYTの最終目的です。
保育現場のKYT例題集

ここからは、保育現場でよく起こりうる場面を題材にした例題を紹介します。研修のシートや話し合いの素材としてそのままご活用ください。
例題① 午睡中の室内(0〜1歳クラス)
【場面】0歳児6名が午睡中。保育士1名が室内でモニタリングしながら連絡帳を記入している。うつぶせになりかけている子どもが1名いる。
【想定される危険】うつぶせ寝による窒息・乳幼児突然死症候群(SIDS)のリスク、記録に集中して観察が疎かになる、異変に気づくのが遅れる、など。
【対策の視点】呼吸確認の間隔を定め記録として残す、うつぶせになった子はすぐに仰向けに戻す、記録は観察の合間に行うルールを設けるなど、観察を最優先にした業務フローを整えましょう。
例題② 給食・おやつの場面(食物アレルギー含む)
【場面】給食時間、アレルギー対応食が必要な園児が1名いる。その日は担任が体調不良で代替保育士が対応。食器の色分けはしているが、確認の声かけがないまま配膳が始まっている。
【想定される危険】誤配膳によるアレルギー食品の誤食、代替保育士がアレルギー情報を把握していない、確認不足でアナフィラキシーショックが起こる、など。
【対策の視点】アレルギー対応は担任不在時でも機能する複数確認のルールを設ける。引き継ぎシートを整備し、代替職員でも対応できる体制を構築しましょう。
例題③ 園庭遊び・固定遊具まわり
【場面】5歳児クラスが園庭で自由遊び中。10名の子どもが複合遊具で遊んでいる。保育士2名のうち1名が別の子どものけが対応で遊具から離れた。
【想定される危険】監視の空白による転落・落下事故、遊具の順番をめぐるトラブルと押し合い、不安定な姿勢での使用に気づかず放置、など。
【対策の視点】けが対応時の「遊具監視は誰が担うか」を事前に決めておく。複数の子どもが遊ぶ遊具付近には常に1名が専任で目を向けるポジション配置ルールを設けましょう。
例題④ 水遊び・プール活動
【場面】夏の水遊び中、2歳児10名が小型プールで遊んでいる。保育士2名が対応中、1名がタオルを取りに離席した。水深は10cmほどだが、転倒した子どもが1名いる。
【想定される危険】わずかな水深でも転倒・うつぶせによる溺水が起こりうる、監視の人数が一時的に1名になる、周囲の声で異変に気づきにくい、など。
【対策の視点】水遊び中は絶対に監視担当が持ち場を離れないルールを徹底する。必要な物品はすべて事前に手元に準備し、離席が発生しない環境を整えましょう。
例題⑤ 散歩・園外活動時の交通場面
【場面】3歳児8名と保育士2名で近隣公園へ散歩中。横断歩道の手前で保育士1名が先頭の子どもたちを制止しているが、後ろの列の子どもが車道へはみ出しそうになっている。
【想定される危険】後列の子どもが車道に出て車にはねられる、列が乱れて保育士の目が届かない子が出る、突発的な行動をする子どもへの対応が遅れる、など。
【対策の視点】先頭と後尾に必ず1名ずつ配置するルールを守る。横断前には全員の位置を確認してから動くことを習慣化し、散歩コースの危険箇所を事前に職員間で共有しましょう。
例題⑥ 登園・降園時の玄関まわり
【場面】朝の登園ラッシュ時、玄関ホールに保護者と園児が混在している。保育士1名が受け入れ対応中。別の園児がドアの開閉を繰り返して遊んでおり、保護者が持ち込んだ荷物が通路に広がっている。
【想定される危険】ドアへの指・手の挟み込み、荷物に足を取られた転倒、受け入れ対応中に別の子どもへの目配りが途切れる、保護者対応に集中するあまり玄関外へ飛び出す子どもを見逃す、など。
【対策の視点】登園ラッシュの時間帯は玄関担当を2名体制にするルールを設ける。ドア付近で遊ぶ子どもにはすぐ声かけし、安全な場所へ誘導する習慣をつけましょう。荷物の置き場所を指定し、通路をふさがないよう保護者へ周知することも有効です。
例題⑦ 室内自由遊び(3〜4歳クラス・製作活動)
【場面】3歳児クラス12名がテーブルで製作活動中。ハサミ・のり・色鉛筆を使用している。保育士2名のうち1名が片付けのため棚のそばに移動した。一人の子どもがハサミを持ったまま立ち上がり、隣の子どもに向けて歩き始めている。
【想定される危険】ハサミを持ったまま移動することによる刺さり・切り傷の事故、保育士の目が全員に届かない状況での道具の誤使用、のりや色鉛筆の誤飲、など。
【対策の視点】製作活動中は「ハサミは座って使う・持ち歩かない」というルールを活動前に必ず全員で確認する。保育士はテーブル全体を見渡せる位置を常に意識して立つよう、役割分担を事前に決めておきましょう。
例題⑧ バス送迎・乗降時の場面
【場面】降園時、停車している園バスから3〜5歳児10名が順番に降車中。添乗の保育士1名はバス後方に立ち、座席や足元を確認しながら園児を誘導している。その間、運転手はすでに降車した園児の荷物を取り出すため、一時的にバスのシート付近に乗り込んだ。バスの外では、降車した園児のうち3名が車道側へ走り出しそうになっている。
【想定される危険】バス周辺での車道への飛び出し、シートに乗り込んだ運転手が後方の状況を把握できない、添乗保育士がバス後方にいる間、前方・車道側の監視が空白になる、置き去り確認の手順が後回しになる、など。
【対策の視点】乗降時は「添乗保育士が全員の外への降車を見届けるまで運転手はバスを離れない」ルールを徹底する。園児が車道側へ出ないよう、降車場所の導線を壁やコーンで物理的に区切ることも合わせて検討しましょう。
KYT研修を園内で実施する際のポイント
研修の内容が優れていても、進め方次第で参加者の学びの深さは大きく変わります。
参加しやすい雰囲気をつくる進行の工夫
KYT研修では「この意見は間違いではないか」と参加者が萎縮しないよう、ファシリテーターが安心して発言できる場をつくることが重要です。
「正解はありません。気になったことを自由に話しましょう」と最初に伝えるだけで、発言のハードルが下がります。グループを4〜6名程度にし、役職に関係なく全員が発言できる対話形式を取り入れると、現場目線のリアルな気づきが生まれやすくなります。
写真・イラストを使ったシート作成の方法
KYTシートは、文章だけより写真やイラストを用いた視覚的な素材のほうが、参加者の危険感受性を刺激しやすくなります。自園の保育室や園庭を実際に撮影した写真を使うと、より現実感が高まり議論が活性化します。
写真を使用する際は、子どもの顔が映り込まないよう配慮してください。市販の保育安全教育用イラスト素材を活用する方法も、手軽にシートを用意するうえで有効です。
研修後の振り返りと現場への落とし込み方
研修で話し合った内容は、終了後に簡単なレポートや掲示物にまとめ、参加していない職員とも共有しましょう。「今週意識すること」を一文で決め、朝礼で読み上げるだけでも現場への浸透度が変わります。
研修内容を日常の保育行動に結びつける「橋渡し」の工夫が、KYTを形式だけの研修に終わらせないための鍵となります。
KYTを継続させるための仕組みづくり
一度実施して終わりでは、KYTの効果は長続きしません。現場に根づかせるためには、継続できる仕組みをあらかじめ設計しておくことが重要です。
月1回の定例化とヒヤリハット記録の連動
KYTを月1回の定例研修として位置づけ、園の年間計画に組み込むことで「やれるときにやる」から「必ず実施する」体制に変わります。
そのとき活用したいのが、日常のヒヤリハット記録です。実際に現場で起きたヒヤリ事例を翌月のKYT題材にすることで、職員の当事者意識が高まり、記録提出のモチベーションにもつながります。
新人職員の早期育成ツールとしての活用
KYTは新人保育士の危険感受性を短期間で高める育成ツールとしても効果的です。入職後すぐの研修に取り入れることで、「この園では安全意識を大切にしている」という文化を早期に伝えられます。先輩職員と一緒にグループで取り組む形式にすると、自然なOJTの場としても機能し、職場への定着にもよい影響を与えます。
事故報告書の事例をKYTシートに転用する方法
過去に作成した事故報告書は、KYTシートの優れた素材になります。「なぜその事故が起きたか」「どの時点で防げたか」を4ラウンド法で振り返ることで、単なる記録が職員全体の学びに変わります。
個人の失敗を責める場ではなく「組織として再発防止を考える機会」として位置づけることが、心理的安全性を保ちながら活用するためのポイントです。
KYT導入のハードルと解決策
導入を検討中の園長先生や主任の先生が直面する課題を、具体的に解決します。
時間がない
「研修の時間があるなら、少しでも子どもを見たい」と感じる場面も多いはずです。そこで検討したいのが、保育ICTシステムの導入です。
連絡帳や出席確認、日誌作成などの事務作業をデジタル化することで、日々の負担を減らせます。浮いた15分をKYTに充てることで、現場のゆとりと安全性の両方につながります。
職員が参加しづらい
「何を話せばいいかわからない」という不安から、発言をためらってしまうこともあります。 最初は、園内の危険箇所をスマホで撮影し、「間違い探し」のような形で取り入れるのがおすすめです。ゲーム感覚で取り組めるため、自然と参加しやすくなります。
また、ヒヤリハット事例を写真付きで共有できるICTツールを活用すれば、教材として蓄積でき、準備の手間も軽減できます。
研修内容が定着しない
研修をやりっぱなしにしないために、ICTツール内の掲示板や共有機能を使い、決まった目標をいつでもスマホやタブレットで確認できるようにします。
また、KYTで出た対策が実行されているかを、園長や主任が巡回時に「できているね」とポジティブにフィードバックすることで、無理なく定着につながります。
まとめ
危険予知トレーニングは、事故が起きてから反省するのではなく、起きる前に気づく文化を職員全員で育てるための研修です。例題をベースに自園の環境に合わせてアレンジし、繰り返し実施することで、保育現場のリスク感覚は確実に高まります。
まずは身近な場面の例題ひとつから、チームで話し合う時間をつくってみましょう。

