前回のコラムでは、探求型保育『サイエンス+』が保育にもたらす価値についてお伝えしました。現代の社会が抱える複雑な課題に向き合うために、子どもたちには「正解を覚える力」以上に、「問いを立て、考え、探求する力」が求められています。
『サイエンス+』は、そうした力を子どもたちのなかに自然に育てていくことを目指してつくられた保育プログラムです。
子どもたちの「なんで?」「どうして?」という問いを出発点に、保育士と子どもが一緒になって考え、試し、また新しい問いを見つけていく。そこには、保育士が“教える人”から“ともに発見し、ともに考える人”へと立場を変えていく過程があり、子どもと保育士の双方の成長が同時に育まれていきます。この「共に育つ」探求型保育の考え方は、保育現場に新たな視点と可能性をもたらしています。
今回はその続編として、探求を支える上で非常に重要な視点、「正しい答えを用意する必要はない」という考え方について、深く掘り下げてみたいと思います。

目次
1.「考える力」を育む、答えのない時間
保育の現場では、日々子どもたちの「なんで?」「どうして?」という問いに出会います。「先生、雲ってどこからくるの?」「なんで風があるの?」「どうして虫は鳴くの?」などなど。
こうした問いに対して、保育士が、正しい答えを返そうとすることは、自然な反応ですし、知識を伝えるという意味では決して否定されるべきことではありません。
ですが、少しだけ視点を変えてみましょう。
たとえば「どうして空は青いの?」という問い。
「それはね、太陽の光が空気中で散乱して…」と科学的な説明をしたとします。確かに正しい知識です。ですが、その瞬間に子ども自身が「考える」機会は失われてしまいます。
保育の現場において本当に大切なのは、「正しい答えを言えるかどうか」ではありません。子どもの問いをどう受け止めるか。そして、その問いをどう広げていくか。
子ども自身がじっくりと考え、「こうかな?」と想像し、「ああかもしれない」と自分なりの答えにたどり着こうとする——。そんな“考える時間”をそっと用意してあげることこそが、大切な関わり方です。

2.正解がないからこそ育つ力
今の社会では、“一つの正解”では対応できない問題が増えています。環境問題、国際的な価値観の違い、テクノロジーの進化——どれもが多面的で、簡単に「これが正しい」と言い切れないものばかりです。
だからこそ、これからの子どもたちには、「正しい答えをもつ力」よりも、「自分で考えて、仮説を立て、他者とやり取りしながら深めていく力」が求められているのです。
こどもはまだ「正解」に縛られていない分、自由に考え、感じ、発言することができます。「風は、木がくしゃみしたときに出てくるんだよ」「空が青いのは海の色がうつっているからなんだよ」——大人には突飛に思えるかもしれませんが、それはすべて、子どもたちが自分の頭で考えた、かけがえのない“仮説”です。
こうした子どもの発言を「違うよ」と否定せず、「そう考えたんだね」と受け止めたうえで、視点や想像をさらに広げる問いかけをしていきます。
そのような対話が繰り返されることで、子どもは「考えることって楽しい」「想像することっておもしろい」「人と考えをやり取りするって面白い」と感じるようになります。
その感覚はやがて「学ぶってたのしい」という実感につながり、自発的に考える力、表現する力へと育っていきます。 そして、この経験は、文字や数字を覚える学びとは異なり、「非認知能力」として蓄積されていきます。
表現する力、共感する力、自己肯定感、粘り強く取り組む力——それらは、小学校以降の学びを支える“土台”となる重要な力です。

3.“正しい答え”に縛られない保育
「こどもに間違ったことを教えないようにしなくては」「正しい答えを教えなくては」と過度に思う必要はありません。「正しく教えなければいけない」というプレッシャーを手放し、「一緒に考えること」に価値を置いていくのが『サイエンス+』の考え方です。
「先生もわからないから、一緒に考えてみようか」と言える保育士の姿勢が、子どもたちにとって何より安心で、挑戦しやすい空気をつくっていくのです。
保育士が“答える”のではなく、“問いをひらく”存在になることで、子どもの発想は無限に広がっていきます。
同時に、保育士自身も「わからないことを楽しむ」姿勢が身についていき、日々の保育における見方や関わりが変化していきます。 実際に『サイエンス+』を導入した園では、「保育がラクになった」という声も聞かれます。
最初は難しく感じても、「ねらい通りに進まなくてもよい」「計画通りに進められなくてよい」「失敗という概念がない」という柔軟さが、現場にゆとりと余白をもたらします。日常の中の探求体験こそが、『サイエンス+』の醍醐味です。
子どもの“わからない”に、大人が構えず寄り添うことで、日々の保育は「新しい発見の場」となります。そして何より、子どもと一緒に驚いたり、考えたり、笑ったりできることが、保育士にとっての原点回にもつながっているのです。

4.問いを楽しむ保育が、未来をひらく
「なんで?」「どうして?」といった子どもの問いに、すぐ答えを出すのではなく、一緒に考える。 そんな“問いを楽しむ”関わりこそが、これからの保育のあり方を変えていきます。
『サイエンス+』が目指す保育の本質は、「問いを共有すること」で、子どもと大人がともに育つことにあります。
保育室の中で「なんで?」「どうして?」の問いが生まれたとき、「それはね」とすぐに答えるのではなく、少し間をおいて「どう思う?」と返してみてください。そこから、子どもたちの世界は大きく広がっていきます。
子どもが問いを立て、それに向き合う中で、大人は「どうしたらこの問いを深められるだろう」と考えるようになります。このような考え方を繰り返していくことが、自らの視野を広げ、さまざまな視点でものごとをとらえる力となっていきます。
子どもの視点に触れ、思いもよらない発想に驚き、共に発見しながら、大人も学び、育っていく—— その関係こそが、『サイエンス+』の大切にしている「共に育つ」というあり方です。 そしてその関わりが、子どもたちの学びに火を灯し、未来を自ら切りひらく力を育てていくのだと思います。
プロフィール:株式会社E5 佐藤大介(さとうだいすけ)

保育園・幼稚園・療育施設に特化したサービスを提供する株式会社E5は、「現場の声」を形にする企業です。保育療育事業者の視点から、子どもたちの未来を育む場を支えるとともに、現場の負担を軽減する取り組みを行っています。多様なニーズに応える柔軟なサービスで、日々の保育や療育の現場を支援しています。
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